タイの政策・情勢

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タイの政策・情勢

タイの政策

2014年の大規模なデモや非常事態宣言、また、クーデターが起こった事は世界中で大きく報道され、みなさんの記憶に新しい事と思います。

絶対王政を倒した1932年立憲革命以降、実に13度目のクーデターであり、21世紀に入ってからは2度目のクーデターでした。そのことで、2014年のタイでは観光産業が大打撃を受け、外国人観光客数が前年比6.7%も減少しました。また、2014年は国内の政治の混乱や国外需要の伸び悩みなどから、通年のGDP成長率はわずか0.7%に留まりました。

しかし、現在は暫定の軍事政権の下、徐々に落ち着きを取り戻し始めてきているようで、経済に関しても持ち直しが続いているといわれています。

そもそも、現在の政治はタクシン派(農民・低所得層、タイ北部中心、赤シャツ)と反タクシン派(都市住民・官僚・軍、バンコック・タイ南部中心、黄シャツ)に二分されおり、その二つの間で争われていると言われています。前首相であるインラック氏はまさにタクシン派で、タクシン前首相の実妹です。そのインラック氏が2014年のクーデターにより、結果的に政権を反タクシン派に奪還される形となりました。

元首相の一人であるタクシン氏は2001年2月から2006年9月まで首相に就任していました。彼は元々警察中佐の肩書きを持ち2015年9月に現プラユット暫定首相により階級を剥奪されるまで、警察中佐という階級を保持していました。また一方で、企業家としても様々な事業により巨万の富を築き上げてきたビジネスマンでもありました。

政治家時代は、自己の出身地であるタイ北部に有利な政策を行っていたため、北部の農村等では絶大な人気を博しておりましたが、逆にこの事によりタイ中部及び南部貧困層からの激しい反発を受け、後のクーデターにつながりました。また、首相就任中には汚職疑惑なども浮上し、2006年のクーデターでついに失脚。そして首相在任中の汚職の罪で有罪判決が確定し、2008年以降~現在に至るまで世界各地を転々と、様々な国で事実上の亡命をしています。

2014年のクーデターの発端となったのは当時のインラック首相が、国外に亡命している実の兄タクシン前首相をタイへ帰国に導くために恩赦法の審議を始めたことでした。これに反発した反タクシン派は、バンコクを中心にデモを活発化させ、バンコク市内の主要道路の封鎖や選挙の妨害などをしました。結局この恩赦法の審議はなくなったものの、反タクシン派による反発は収まりませんでした。その後、当時のインラック前首相は人事権の職権乱用という意外な理由で失職に追い込まれます。これに大反発したのはタクシン派を支持する北部の農民層でした。

そんな中、プラユット氏率いるタイ王国陸軍は政治的混乱の収拾のため、暫定政権を樹立。そしてこの暫定軍事政権はタクシン派と反タクシン派による対立によって治安の悪化を懸念し、戒厳令を発令しました。

この戒厳令の下、タクシン派など反クーデター勢力の動きが封じ込められ、一応平穏が保たれてはいますが、プラユット暫定首相率いる暫定軍事政権が目指す国民和解や包括的な政治・経済改革は道半ばであり、政情の不安定化につながる火種がくすぶっており、現在も先行きは不透明なのが現状です。

2015年8月23日、プラユット改造内閣の就任宣誓式が行われました。プラユット暫定首相と閣僚が国王の前で就任宣誓し、改造内閣が正式に発足しました。低迷する経済の立て直しを目指し、経済担当副首相にはソムキット氏が就任。その他、経済閣僚の多くを入れ替えました。また、外相をはじめ対外交渉を担う閣僚には官僚出身者を多く起用しました。この政策に対し産業界の受け止め方はおおむね好意的で、経済再生のための新しい政策が現在期待されています。

タイの情勢を一刻も早く安定させたいプラユット暫定首相は、情勢悪化に伴い離れていった観光客を呼び戻し、主要産業である観光業の早期回復や海外からの投資促進を図ろうとしています。

また、タイでは2014年のクーデターにより旧憲法が停止されましたので、現在新憲法の制定が進められています。タイの憲法起草委員会(CDC)が2015年8月に提出した最終憲法草案には非常時に軍の関与を容認することを明記した新憲法の案が盛り込まれました。しかし、その案は9月6日に国家改革委員会(NRC)で否決され、その結果、新憲法の起草作業は初めからやり直しとなり、総選挙の実施も遅れることが決定しました。

新憲法草案の策定から選挙実施までは通常20ヵ月を要するとされておりますので、順調にいっても総選挙の実施と民政の復帰は早くて2017年以降に先送りされる見通しです。タイの政治が本当の意味で落ち着きを取り戻すのはまだ数年先といえるでしょう。

国内の民意が二分されている中で求心力を発揮しているのが象徴的存在ながらもその人柄と高い見識から国中の尊敬を集めているラーマ9世です。タイのチャクリー王朝は日本の皇室とも600年程前から親密な関係を持っていて日本とタイとの密接な関係の礎となっていることはわが国では有名ですが実はタイの国民をひとつにまとめている礎にもなっているわけです。

一方、タイ中央銀行(BOT)は今年3月、4月と、2会合連続で利下げを決定し、それまで2%だった政策金利は1.75%→1.5%と引き下げられました。タイもご多分に漏れず減速する中国経済の影響を受けている訳ですが、その後は今日までは1.5%のまま3会合連続で据え置かれる形となっております。BOTは声明で、4~7月にかけての経済の成長の起爆剤として観光業と政府投資を挙げ、全体として緩やかな回復基調にあると指摘。インフレ率は、原油価格の予想以上の下落により年内はマイナスが続き、来年にはプラスに転じる見通しを発表しました。また、8月に発表された第二四半期のGDP成長率が前年同期比で2.8%のプラスに転じ、2期連続でプラス成長でした。

この事からも、タイの経済は緩やかに回復基調に乗っているといえますが、政治の方は今後も注視する必要がありそうです。

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